相続時精算課税制度を利用すると、相続の放棄はできなくなるのでしょうか?
いいえ、相続時精算課税制度を利用した生前贈与を受けていた場合でも、相続の放棄はできます(相続の放棄は被相続人の死亡及び自分が相続人であることを知ったときから、原則3か月以内にしなければならないという期間制限にはご注意下さい)。
相続時精算課税制度や相続放棄の関係では、注意すべき点もありますので、以下の記事をご覧下さい。
なお、相続時精算課税制度の概要は、国税庁のページなどをご覧下さい。
1.相続時精算課税制度を利用した贈与は、ざっくり言えば、相続の一部前倒しであることや、推定相続人(相続が開始した場合に通常相続人となるはずの人のことです。)が被相続人の財産を処分した場合などに、相続を承認したものとみなされ(法定単純承認)、相続の放棄ができなくなることなどから、相続時精算課税制度を利用した生前贈与を受けていた場合に、相続の放棄ができなくなるのではないかとの疑問を持つ方がいらっしゃいます。
しかし、相続時精算課税制度という税制度を利用したからといって民法上の相続の放棄ができなくなるわけではなく、推定相続人が被相続人の生前に贈与(相続時精算課税制度を利用した贈与であっても)を受けていただけでは法定単純承認にもなりませんし、他に特別な法令の規定もありません。
したがって、相続の放棄は可能ということになります。
2.相続時精算課税制度を利用した場合には、税法上、贈与財産は相続によって取得したものとみなされ(あるいは贈与財産の価額が相続税の課税価格に加算されることになり)ます。ですので、相続時精算課税制度を利用した贈与をした人の死亡時に、贈与を受けていた推定相続人が相続放棄をした場合、民法上は、その推定相続人は当初から相続人ではなかったことになり、相続によって取得する財産はないのですが、税法上は、その贈与財産は相続によって取得したものとして相続税の計算がされることになります。
3.ところで、相続時精算課税制度を利用しておきながら、相続の放棄をすることが債権者を不当に害するので取り消される(詐害行為取消権の行使を受ける)のではないかという疑問を持つ方がおられるかもしれません。
相続の放棄は詐害行為取消権の行使の対象とならないとされております(最高裁昭和49年9月20日判決)ので取り消される心配はないのですが、推定相続人が相続放棄によって被相続人の債務を相続しないことを予定しつつ、唯一ないし重要な財産の生前贈与を受けていたような場合には、そもそも生前贈与自体が詐害行為であるとして取り消される可能性があることには注意が必要です。
4.また、相続時精算課税制度を利用した贈与であっても、民法上は、通常の贈与ですから、他の相続人の遺留分を侵害する贈与なのであれば、遺留分減殺請求権の行使を受ける可能性があることには注意しなければなりません。
最高裁平成10年3月24日判決により、被相続人から相続人に対する生前贈与は古いものであっても原則として遺留分減殺請求の対象となるとされているのですが(ただし、下記※参照)、相続発生後に、推定相続人が相続放棄をすれば、推定相続人は相続人ではなくなるので、民法1030条(下記※参照)の規定通り、両当事者が遺留分権利者に損害を与えることを知ってなされた贈与でないのであれば、死亡前1年以内になされた贈与でない限り、遺留分減殺請求権の行使の対象とならない、ということになり、遺留分減殺請求を受ける場面は若干少なくなります。
(※)令和元年7月1日に施行される民法改正により、 相続人に対する贈与は、相続開始前の10年間にされたものに限り遺留分を算定する際の財産に含めることとなり、相続人に対して相続開始から10年よりも前に贈与された財産は、遺留分を算定する際の財産に含まれないこととなりました。条文番号も1030条から1044条へと変更になりました。
改正後民法第1044条 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
5.なお、相続を放棄すると(他に遺言で包括遺贈を受けていない限り)、被相続人の債務を相続税の課税価格から差し引く「債務控除」ができなくなり、相続時精算課税制度の適用を受けた者が相続放棄をした場合でも、包括受遺者に該当しない限り、債務控除ができなくなることに注意が必要です。
皆さん、相続時精算課税制度を利用した生前贈与をする際には、贈与をする側も受ける側も一緒に専門家にご相談下さい。
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