今日は国税不服審判所の平成29年5月8日付裁決をご紹介します。
この件は、医師である審査請求人(納税者)が、医師である配偶者乙の診療所を引き継いで開業した際、乙に営業権の対価として金員を支払ったとして、当該金員を取得価額とする営業権に係る減価償却費を事業所得の金額の計算上必要経費に算入して所得税の確定申告等をしたところ、原処分庁が、当該金員は減価償却資産となる営業権の対価に該当しないとして更正処分等をした事案に関するものです。
審判所は、概ね以下のように判断し、請求人の主張を認めませんでした。
・医師の行う業務は、一身専属性の高いものであるから、医師である乙の専門的知識等や患者との個人的信頼関係などの事実関係は、旧診療所に客観的に結実した形で表象されたものと認められるものではなく、また減価償却資産となる営業権に該当するものとは認められず、旧診療所に、他の診療所を上回る収
益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係があり、それが旧診療所に客観的に結実した形で表象されていたと認めるに足りる証拠はないから、請求人が乙に支払った本件金員は、減価償却資産となる営業権の対価に該当するものとは認められない。
・請求人は、本件金員が、仮に営業権の対価ではないとしても、営業権以外の費用として必要経費に算入することができる旨主張するが、本件金員は、乙による請求人に対する患者の紹介料等に該当するものとは認められず、乙が本件診療所に従事し続けることなどを約する対価としての契約金に該当するものとも認められない。さらに、請求人は具体的にどのような費用に該当するかを積極的に主張するものではないから、本件金員は、客観的に見て、請求人の事業所得を生ずべき業務と直接関係があり、かつ、その業務の遂行上必要な支出であったとは認められず、本件金員は、所得税法37条1項に規定する必要経費に該当するとは認められない。
たしかに、個人の医師が営む診療所の経営について、営業権があると認められるケースはかなり稀だと思われますが、審判所が本件金員について、乙は請求人が旧診療所を引き継いだ際に、請求人に対し、旧診療所に来院していた患者の紹介又はこれに類する行為は行わなかったと(判断欄の冒頭で唐突に)事実認定をしたうえで、上記のように、患者の紹介料、契約金等に該当しないなどとして、一切の経費該当性を認めなかった点は、他の類似案件のことも考えると重要だと思いました。
さて、個人間での診療所の引き継ぎに際して、医師間で営業権、のれん代、紹介料等の名目で金銭が支払われることは稀ではないと思われますが(M&Aの場合は通常支払われることになるでしょう。)、今回の裁決の判断内容(もちろん審判所としては本件の事実関係に即したこの事案限りの判断をしたにすぎませんが。)を踏まえると、具体的な患者の紹介行為、引継後も引き続き診療を続けてもらうための契約、その実績があったなどの点について具体的な主張立証ができない限りは、それらの金銭について一切の経費性も認められないということに一般的になるのでしょうか?
必要経費の(不存在の)立証責任は、一応国側にあるとされているので、診療所を引き継いだ医師側では、紹介料等の経費性について一定の具体的主張と事実上の推定が働く程度の立証を要するということになるでしょうか。
ところで、審判所の今回の判断については、夫婦間での診療所の引き継ぎあったことがこの判断に影響しているかもしれませんが、もしそうならば所得税法56条(生計一親族間での対価の支払いについては事業所得の必要経費に算入しないとする規定)によって経費算入を否定するのが筋でした。
実際、裁決の書きぶりからすると、原処分庁や請求人は、紹介料、契約金等の経費に該当する(部分がある)ことを前提に、所得税法56条の適用の有無について争っていたようにも見えるので、今回の裁決は両当事者にとって不意打ちの判断になっているのではないか??という点が気になりました。
また、結局、一切の経費性が否定された今回の本件金員の性質はどういったものになるのでしょうか。乙への贈与だったということになるのでしょうか。
通常、診療所を引き継ぎ、紹介料等の支払を受ける個人は、(譲渡所得ではなく)雑所得等として所得税の確定申告をすることになりますが、今回の乙は贈与税の申告をすべきだったということになるのでしょうか・・・。
以上、裁決についてご紹介しましたが、個人の士業間で営業権等の譲渡をしても、税務上は、紹介料等の実態がある範囲でのみ経費として認められる(今回の裁決ではそれも否定されていますが。)、ということだけとりあえず理解しておいていただければよいかと思います。
経費に該当する支出かどうかについて税務署と意見が食い違っており、税務署の処分を争いたいなどという方は、まず当事務所にご相談下さい!