信用不安のある会社の株式の譲渡時期にご注意を

一般的に、個人が所有する純粋な資産(非事業用資産)に損失(家事損失といいます。)が発生した場合であっても、所得税の計算上、家事損失を、個人の収入から必要経費として控除することができないため、(雑損控除の点を除けば)所得税の額を安くおさえることができるわけではありません。

では、破綻等により価値の下がった株式を第三者に低額で譲渡して、譲渡損失が発生したものとし、他の株式の譲渡収入等と通算することによって、全体的な所得税の額を低く抑えることができるのでしょうか?

今回ご紹介するのは、その点に関する東京地裁平成27年3月12日判決です。

この件は、平成22年9月に破綻した銀行の取締役兼代表執行役であった原告が、同年10月20日に、保有していた同銀行の株式3100株を1株1円で税理士に譲渡し、譲渡所得の金額の計算上損失が生じたとして平成22年分の所得税の確定申告をしたところ、税務署長から更正処分を受け、これを争った事案です。

 大まかに言うと、東京地裁は、

  1. 所得税法33条1項の規定する譲渡所得の基因となる「資産」には、一般にその経済的価値が認められて取引の対象とされ、増加益が生じるような全ての資産が含まれるが、増加益を生じ得ないもの、すなわち、社会生活上もはや取引される可能性が全くないような無価値なものについては、同項の規定する「資産」には当たらないものと解するのが相当である。
  2. 株式は、株主の①利益配当請求権等の「自益権」や②株主総会における議決権等の「共益権」を基礎として、一般に経済的価値が認められて取引の対象とされ、増加益の生ずるような性質のものとして、譲渡所得の基因となる「資産」に当たる。
  3. 株式譲渡の時点で一般的に①自益権及び②共益権を現実に行使し得る余地を失っていた場合には、後に権利を現実に行使し得るようになる蓋然性があるなどの特段の事情が認められない限り、株式としての経済的価値を喪失し、増加益を生ずるような性質を有する譲渡所得の基因となる「資産」には該当しないものと解するのが相当である。
  4. 本件では、①同銀行が本件株式譲渡の前後を通じて極めて多額の債務超過状態に陥っており、配当等を行う余地はなかったことからすると、同銀行の株主は、本件株式譲渡の時点において、自益権を現実に行使し得る余地はなく、また、②金融整理管財人による管理を命ずる処分がされた時点において、株主は共益権を現実に行使し得る余地を失っており、後にこれらの権利を現実に行使しうるような蓋然性もなかったから、本件株式は、譲渡所得の基因となる「資産」には該当しない

というような判断をしました。

 

もともと「資産」であったものが、後にある時点から「資産」ではなくなってしまい、譲渡損失の計上ができなくなってしまう(~他の株式の譲渡益等と通算することができなくなる)、という点に違和感を覚える方もいらっしゃるかと思いますが、譲渡所得に関する今回の判決の考え方は比較的一般的なものだと考えられます。千葉地裁平成18年9月19日(東京高裁平成18年912月27日、最高裁平成20年5月30日)判決でも、同じような判断がされております。

たしかに、一般的に資産に関して発生した家事損失については、所得税の計算上、個人の収入から必要経費として控除することができない(※この前提自体に是非はあると思いますが。)はずなのに、第三者に低額で譲渡してしまえば、譲渡損失の計上によって所得税の額を全体的に抑えることができる、というのは奇妙な結論のようにも思われます。

したがいまして、今回の判決の考え方、結論は相当なのだろうと思います。

 

そうすると、信用不安のある会社の株式については、その譲渡時期、つまり自益権・共益権が現実的に行使できる可能性があるうちに株式を譲渡できるかどうかが、大変重要であり、自益権・共益権が現実的に行使できる可能性がなくなった後に譲渡をしても、譲渡損失は計上できない、ということを押さえておく必要があると思われます。


皆さんも信用不安のある会社の株式については、早めの売却処分を検討してみてはいかがでしょうか。