相続分なきことの証明書って何?

相続分なきことの証明書(相続分皆無証明書)ってご存じでしょうか?

家庭裁判所に対して相続放棄の手続をしなくても(相続があったことを知った日から3か月を経過したため相続放棄の手続ができない場合であっても)、また正式な遺産分割協議・協議書の作成をしていなくても、不動産について簡便に相続登記ができるようにするために利用されているものです。東京高裁昭和59年9月25日判決でも、この証明書を用いた遺産分割協議の成立を認めています。

 

登記実務上、亡くなった被相続人が所有していた不動産を相続しない相続人が、この証明書と印鑑証明書を添付すれば、不動産を相続する相続人への所有権移転登記が可能となるのです。例えば、相続人が3名の場合に、2名による遺産分割協議書と、1名の相続分なきことの証明書という組み合わせであっても、相続登記の添付資料として認められるとされています。

 そういう意味ではこの証明書は便利なものです。

  

もっとも、本来、相続分なきことの証明書を利用することができるのは、限られた場合だけです。それは、『不動産を相続しない人が、亡くなった方から生前に相続分(以上)の贈与を受けていた(特別受益)ために、民法903条1項2項によって相続分を受け取れない場合』なのですが、実際には生前に贈与を受けておらず、そのような場合には該当しないにもかかわらず、相続登記のための手法としてこの証明書を利用している例も多いようです。

この点、事実に反した内容の証明書だったとしても、直ちに相続登記が無効であるとはいえず、証明書の作成者が自分の相続分を放棄あるいは取得者に対して贈与したものとみることができる場合には、実質的な遺産分割が成立しているとみて相続登記を有効とする考えが一般的なようです。

  

ただ、後になって困る場面もないわけではありません。例えば、実は亡くなった被相続人に借金があったにもかかわらず、それを知らずに、相続財産は被相続人と相続人のうちの一人が一緒に住んでいた不動産だけで、今後はその相続人が不動産を相続して引き続き居住していきたい、証明書に署名押印してくれれば良いだけだから、と聞かされ、納得して証明書に署名押印し、不動産の登記移転に応じてしまった場合に、後に債権者から相続人として借金を返すよう求められ、それに応じざるを得ない場合などがあります(相続放棄には期間制限があるため期間後は相続放棄もできませんし、証明書の作成は相続の単純承認とみなされるので放棄ができなくなるという見解も有力です。)。

証明書の作成は、民法上の相続の放棄ではなく、便宜的なものにすぎませんので、上記のような場合、きちんと借金を含めて財産調査をした上で家庭裁判所に対して相続放棄の手続を取るか、相続放棄はしなくとも借金があることを前提とした遺産分割協議を正式に行うか、いずれかを検討すべきであった(改めて遺産分割協議ができるのは限られた場合のみとなります。)、ということになるのではないかと思われます。

  

なお、国の機関に対して、亡くなった方から相続分以上の生前贈与を受けていたと自ら証明するわけですので、贈与税との関係でも問題が生じる余地があるように思われます。

 

相続分なきことの証明書、使いどころに気をつけましょう! 

 

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