裁判所からの調査嘱託に対する通信キャリアの回答拒絶は不法行為ではない?

 ある損害賠償請求の裁判(裁判1)において、携帯電話の通信キャリア(電気通信事業者)が、被告である携帯電話利用者の住所等について問い合わせる内容の裁判所からの「調査嘱託」に対して、個人情報保護や通信の秘密の保持などを理由に回答を拒絶しました。この点について、その原告が今度は通信キャリアに対して、回答拒絶には正当な理由がなく不法行為に当たるとして損害賠償を求めた裁判(裁判2)について、東京高裁は、平成24年10月24日、この事案の事実関係の下では、通信キャリアが秘密保持等のために回答を拒否したことはやむを得ず、故意又は過失があったとは認められないとして不法行為の成立を否定する判決をしました(この判決は確定しています。)。

 さて、「調査嘱託」は証拠調べの一種で、民事訴訟法第186条《調査の嘱託》に規定があり、「裁判所は、必要な調査を・・・団体に嘱託することができる」とされており、嘱託先も裁判所からの照会ならばと照会事項に対して回答する例が多く(弁護士会が主体となって団体に照会を行う「弁護士会照会」では得られない回答が得られる場合もあります。)、裁判では多用されている重要な制度です。この条文のとおり、調査を嘱託(依頼)するのは裁判所で、裁判所の職権で行われることになりますので、当事者(原告や被告)は裁判所に対してその職権で調査嘱託を行うように促すための申立てができるにすぎません。

 そのため、上記の裁判2の事案について、1審の東京地裁(平成24年5月22日判決)は、嘱託先の回答義務は裁判所に対する義務で、調査嘱託を申し立てた当事者に対して負うものではないことから不法行為成立の余地はない、と形式的に判断していたのですが、2審の東京高裁は、その義務違反が直ちに訴訟当事者に対する不法行為になるわけではないが、他方で、当事者に対する回答義務がないという理由のみで不法行為にならないとするのは相当ではないとし、一般論としては、故意過失その他の要件を満たす場合には不法行為成立の余地があると認めた(上で、この事案の事実関係からは故意又は過失があったとは認められないとした)ものです。

 また、銀行が裁判所の調査嘱託(及び弁護士会照会)への回答を拒否したことに対する損害賠償請求について、大阪高裁は、平成19年1月30日、銀行が回答しなかったことは公的な義務に違反するものではあるが、不法行為は成立しないとしています。

 以上のとおり、調査嘱託や弁護士会照会については、一般に回答義務があるとされているものの、回答をしなかった場合に不法行為が成立するかどうかはまた別の問題で、裁判所は結論としては容易に不法行為の成立を認めない傾向にあるといえると思われますが、不法行為成立の余地を明確に認める裁判2の東京高裁の考え方は参考になるところです。

 もっとも、裁判所が回答拒否について不法行為の成立を認めたとしても、回答が得られなかったことによって当事者に財産的な損害が発生したとは認めず、多少の慰謝料程度についてのみ損害賠償を命じる可能性が高いのではないかと思われます。